★ The Tsuchinoko News 2 (つちのこ通信2) ★

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【音楽】ジンギスカン

f:id:tsuchinoko118:20111026124549j:image:left:w240ジン・ジン・ジンギッスカーン♪ 特定の世代は、すぐに反応してしまうほどに強烈なインパクトの「ジンギスカン」が発表されたのは1979年。70年代末期であるが、80年代の幕開けにふさわしいディスコな楽曲であった。そのあと「めざせモスクワ」など、どれもこれも似たようなヒット曲をガンガン飛ばすが85年に解散。時は流れ、すっかり、忘れ去られた。

しかし、どういうわけか「めざせモスクワ」の”空耳”がブレイクし、あらゆる世代が、よく知っている(であろう)人気グループとなった。この空耳モスクワが流行したのが2005年。そういう理由なのかどうかは不明だが、2005年に再結成し、20年ぶりに復活した。(ただし、一部メンバーが他界)

筆者が、このグループを知ったのは「ジンギスカン」だが、驚いたのは「ダンサー」という兄さんが真ん前にいたことだ。通常ダンサーは、バンドのボーカルの脇や後ろで、あまり目立たず(あくまでもバンドのボーカルを引き立てるように)こっそりと踊っているものだと思っていたが、このバンドでは、ダンサーが主役とばかりに、ボーカルの目の前で、ステージを所狭しと踊っている。しかも、楽曲と関連性があるのかないのか、さっぱりわからないのだ。出で立ちも、アラジンと魔法のランプのようで、マントをひるがえし、ジンギスカンもモスクワも何ら関連性がないように見える。
ダンサーは、最初から最後までダンサーで、マイクで歌うこともなく、楽器を演奏することもなく、CDやレコードで聞けば、その存在さえ気づかない。そんな「ダンサー」の兄さんに驚愕したことを覚えている。

f:id:tsuchinoko118:20111026124548j:image:right:w240ダンサーがいったい何者かは、Wikipediaや他の情報サイトにお任せするとして、後期はマイクを握って歌うこともあり、さらに愕然としたものだった。

このグループのおもしろいところは、明らかに何かを狙った一発屋風の芸風なのに、人気が続いて、ずっと活動し、人気もあったことであろう。
日本と香港をチャンポンしたような「サムライ」に、手をたたき涙を流して大笑いした方も多いだろう。同様に、「サハラ」「ローマ」「インカ帝国」「メキシコ」「マダガスカル」・・・と、世界中を歌っているが、どれもこれも、実際に行った旅行記・旅情というものではなく、「・・・・ではないか」「・・・こんな感じだろう」と、マジメに聞けば観光協会が怒ってきそうな内容ばかりで、コミックバンド的な要素も多い。

真剣なファンの方が本文を読むと、「そんなことはない!」と怒られそうだが、筆者は、ジンギスカンをそのように思い、ずいぶんと長い間、「モスクワ」と「ロッキンサン」はヘビーローテーションである。

すみません。謝っておきます。申し訳ございません。

う・は・う・は・う・は・かーさんチョップ♪

↑踊ってる踊ってる。