【会長】10年前というと。
映画『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』見たい!
あなたは10年前、何をしていましたか?
私は株式会社エヌジェイシー会長。
イレギュラーなお題の提示で、私の生活のペースが乱されている。私は、ペースを乱されるのが、あまり好きではないない。しかし、他人のペースを乱すのは大好きだ。
私は2006年秋頃に産まれたもので、10年前というと、2001年なので、あまりよく覚えていない。
当時は世相として世紀末。2000年問題というあやしげな説、世紀末救世主伝がもてはやされ、1999年7の月にアンゴルモアの恐怖の大王があらわれたりという話しが、まことしやかにささやかれていたが、なんにも起こらず、そのまま21世紀に突入。2001年になったけども、モノリスは発見されず、木星への有人旅行もないという何とも単なる日常が、淡々と進んでいた頃で、ハリーポッターシリーズが刊行、映画化で大ヒットしたという記憶がある。まだ産まれていないので、あまり、よく覚えていないが。
ハリーポッターは、明らかに子供向けの(あるいは家族向けの)魔法ファンタジーであったが、私は「これは、ドラえもんだ」と密かに考えていた。メガネをかけたボンクラ少年が、不思議な道具(魔法)で仲間と冒険する。しずかちゃんも、スネオも、ジャイアンもいる。子供が夢中になる要素満載だ。
あまりに子供向けの作風だったので、心配していたら、徐々に「復讐」や「魔物」との暗い暗い陰鬱でダークな世界観が加わっていき、大人の世界に近づいていく本作。あたかも、明るく楽しい冒険譚は子供で、複雑なドロドロとした人間関係と自分の中に湧いてくる邪心こそが大人と言わんばかりだが、そう描かなくては、ハリーの成長はない。いつまでも、時が止まったかのように、夢とワガママをむさぼり食い続ける「ドラえもん」とは、一線を画し、エンターティメント性あふれた桂作へと変化を遂げる。ハリーの成長=ハリーポッターシリーズの成長というわけだ。
さて、ヴェルデモート = 「死」=人間の死の象徴 との対決。最終決戦は、どうなるのか。
ついに「ハリーポッターと死の悲報(秘宝) PART2」で、解き明かされることになる。
作者のJKシモンズ・・・じゃなくて JKローリングの「死」への哀しみ・怒り・そして願いが、描かれる。
こういう作風なので、R-15で、やってもらいたいものだったが、やはり、子供と家族のための「ドラえもん」であるので、レイト指定になるような描写は皆無のようだ。いちおう完結編ということなので、銀河を支配する皇帝がリアクターに投げ込まれて終わるような気がするが、ハリーの最期を見届けたい。
ペア前売り券が当たらない限り、劇場に見に行くことはないと思うが(笑)
さて、私は今日も瞑想ともみもみに忙しいのだ。
諸君、また会おう。
いちおう、私のコーナーは毎週金曜日だ。