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★ The Tsuchinoko News 2 (つちのこ通信2) ★

重要な話から、どうでもいいことまで。ほとんど役に立たないことを書き連ねています。

【映画】猿の惑星:創世記

あんまりオススメしない映画

f:id:tsuchinoko118:20121105162956j:image:left:w260猿の惑星:創世記と書いて、さるのわくせいじぇねしすと読むそうで、原題は Rise of the Planet of the Apes で 猿の惑星の台頭。いずれにしても、すっかり廃れた感のあるビギニングものだ。
猿の惑星といえば、60年代後半から70年代にかけて製作された映画シリーズで著名。21世紀にはいってからもティム・バートン監督作品として、もともとの猿の惑星とは全く別物のリメイクが公開されている。本作は、どの作品群の、あるいは、原作となる小説のビギニングになるのかと思いきや、新らしい猿の惑星の第一作という位置づけだそうな。そんなわけで、旧い名作猿の惑星を知らなくても全然OK。

父がアルツハイマーになってしまった薬物研究者ウィルは、アルツハイマーを治す薬を開発。動物実験として、とある猿に投与するが凶暴化した末に死亡してしまう。その猿が死亡する直前に産んだ子猿をシーザーと名付け、引き取るウィル。シーザーは、驚くべき知能の発達をみせはじめる。
ある日、隣人ともめごとを起こしたアルツハイマーの父を助けるべく隣人を襲うシーザー。霊長類保護センターに引き取られることになった。
シーザーは、その知能・理解力ゆえに、人間そのものに不信を抱きはじめる。
金にモノを言わせて、シーザーを引き取ろうとするウィルにも、不信感は高まり、ついには霊長類保護センターを抜けだし、ウィルの勤める研究所に侵入、”アルツハイマーを治す薬”を略奪し、センターの仲間の猿たちにも与えた。
知能をもちはじめた猿たちは、雄叫びをあげながら、センターを脱走。人間たちを襲いはじめる。

f:id:tsuchinoko118:20121105163014j:image:right:w320猿の惑星=未来の地球にふさわしいビギニングで、動物と人間(猿と人間)の関係が、まるでアパルトヘイトのように描かれる。人間は支配者であり白人。猿は奴隷であり黒人。ややステレオタイプではあるが、そんな感じだ。
それにしては、シーザー=猿が受けた屈辱や中傷、侮蔑は、仲間と決起する大義というにはほど遠く、なんだか個人的恨みと個人的欲望のようにも見える。
人間の知能とは、すなわち、ねたみ、恨み、欲望だとでも言いたいかのようだ。
そういう意味では、旧作がなんだかんだ言いつつも政治的であったのに反して、本作は個人的だ。

思えば、研究者ウィルも、人類を救う大義というよりは、自分の父を救いたい一心でアルツハイマーの特効薬を開発し、シーザーの引き取り方もどこが偽善に満ちている。
物語のラスト、シーザーを迎えに単身危険を顧みず猿の軍団の中へと突入していくウィルではあるが、「さあ、家に帰ろう」と告げ、シーザーに「家はここ(仲間のところ)」と言われると、「そうか」とあっさり逃げ帰ってしまう。

まだ数回しか見てないのだが、いまいち、脚本家や監督が、何をどう描きたかったのかがイマイチピンと来ない(笑)

f:id:tsuchinoko118:20121105163030j:image:left:w320CGの猿は、たいへんよく出来ていて、表情なんかも繊細。
しかし、その中身たるや、書き込み不足の気がしてならない。
もうちょっと、こう、母親を殺したのはおまえだ、みたいなセリフがあってもいいような気もする。人間の残虐さは、保護センターでは描けない。保護するといいながら、ばんばん殺処分する現実こそ、人間の世界の現実なのである。はたして「新シリーズ」といいつつ、ほんとに新シリーズはあるのだろうか。