★ The Tsuchinoko News 2 (つちのこ通信2) ★

重要な話から、どうでもいいことまで。ほとんど役に立たないことを書き連ねています。

【音楽】ディエス・イレ

「怒りの日、その日は
ダビデとシビラの預言のとおり
世界が灰燼に帰す日です。
審判者があらわれて
すべてが厳しく裁かれるとき
その恐ろしさはどれほどでしょうか。」

グレゴリオ聖歌の正典に組み込まれていた、「主の裁きの日(The Judgment Day)」の恐怖を歌ったもので、「怒りの日」 ディエス・イレ 。

単旋律で聴いても、どこか不気味な調べ。

近年、主の裁きの日で裁かれることなく、主イエスキリストの名により、救われた身の上から、この不気味な旋律、恐怖を煽る詩は、避けられる傾向にある反面、世俗的なところでは、何かにつけて、「恐怖」「不気味」といえば、この旋律が使われている。あまり詳しくないが、とあるゲームのとあるキャラのテーマソングでもあるらしい。

クラシック音楽の世界では、「こわい!」と思えば、まずディエス・イレがモチーフになっている。

リストの「死の舞踏」では、露骨に、そのまま、この旋律ではじまる。

ベルリオーズの「幻想交響曲」、モーツアルトの「レクイエム」、ヴェルディの「レクイエム」では、直接的ではないが、全編にわたって、この、恐怖と残酷、戦慄のメロディが織り込 まれている。
とくにヴェルディの「レクイエム」は、すさまじい怒りと恐怖。死の恐怖を感じる旋律、と、いえばよいか。

「はげやまの一夜」というクラシック曲は、とても不気味で、怖い。これもディエス・イレの応用の一例であろう。

ラフマニノフに至っては、有名な恋の歌「ピアノ協奏曲 第2番 第2楽章」などがあるが、代表作「鐘」はもちろん、ほとんど、すべて、ディエス・イレであるほどの、ディエス・イレ好きである。

筆者の大好きな恐怖映画では、その「恐怖」を煽るためか、やはりディエス・イレは登場する。
ジャックニコルソンが、だんだん気が狂っていく映画 シャイニング

シンセサイザーといえばおなじみのウェンディカルロスによる作曲・・・・というよりは演奏。
ディエス・イレそのまんま、である。

ほかにも、多くの恐怖映画で、取り入れられている。
こっそり奏でる ディエス・イレ。

死の恐怖と向かい合い、死の恐怖を感じ、転じて、生の有難さ、生命賛歌を知る。

不器用で残酷で遠回りなことでしか出来ない筆者は、恐怖映画で平安を感じ癒されるのある。
ああ、こわいこわい。